開業してからの現実

介護タクシーの依頼は「病院ルート」で決まっていた — 半年やって見えた集客の構造と、まだそこにいない私

介護タクシーを始める前、私は「いい仕事をすれば、依頼は自然に来る」と思っていました。ていねいに運び、安心して任せてもらえれば、口コミでも広がっていくだろう、と。

半年やってみて分かったのは、少し違うことでした。依頼が来るかどうかは、仕事の質より前の段階で、ほとんど決まっている。ある一つの流れを握れているかどうか——それが先にあって、仕事の質が評価されるのはその後なのです。今日は、その「流れ」の正体と、そこに対して自分が今どこにいるのかを、正直に書きます。書いているのは、関東で介護タクシーを営む現役の個人事業主です。

利用者は、自分で介護タクシーを選ばない

まず大前提から。介護タクシーを使う人も、その家族も、ふだんは介護タクシーのことを知りません

考えてみれば当たり前です。元気なうちは縁のないサービスですし、「介護タクシー」という言葉は知っていても、いざ必要になったときにどこへどう頼めばいいかまで分かっている人は、ほとんどいない。多くの人にとって、介護タクシーが本当に必要になる最初の場面は、たいてい家族の退院のときです。入院していた人が家に帰る、あるいは別の施設へ移る。そのとき初めて「どうやって運ぼう」という問題に直面します。

ここで大事なのは、選ぶのは本人ではないということです。退院する当人は体が弱っていて、自分で手配できる状態ではないことが多い。動くのは家族です。けれど家族も、介護タクシーに詳しいわけではありません。突然「明日退院です」と言われて、何を基準にどこへ頼めばいいのか分からない。この「分からない人が、急いで決めなければならない」という状況こそが、すべての出発点になります。

退院の瞬間に、選択肢がそれしかなくなる

では、退院のときに移動手段の選択肢が他にないのか、と言われると、形のうえではいくつかあります。福祉有償運送、介護保険の移送、市区町村や施設の福祉車両——。けれど、それぞれをよく見ていくと、退院その場の搬送には、どれも素直には届かないのです。

たとえば福祉有償運送。NPOなどが担っている仕組みですが、これは利用するのにあらかじめその団体への会員登録が必要です。登録された会員を運ぶ制度なので、ふだん使っていない人が、退院の当日にいきなり飛び込みで頼める性質のものではありません。

介護保険の移送(通院等の乗降介助)も、退院その場の搬送とは別物です。これは要介護の認定を受け、ケアプランにあらかじめ位置づけられた、計画的な通院などを想定した仕組みです。自宅を起点にして「この日に病院へ」という形で組まれるもので、退院という、その場で発生する突発的な移動を即座にカバーするためのものではない、と私は理解しています。

自治体が独自にやっている移送・送迎の類や、施設の福祉車両はどうか。これらは地域や主体によって中身がかなり違います。自治体がやっているものは、その自治体が判断して独自に行っているもので、対象も内容も地域差があり、全国どこでも退院搬送に使えるというものではありません。施設の送迎車も、基本はその施設の利用者のための車で、退院する人を誰でも運ぶ汎用の手段ではない——これは私の見ている範囲での話ですが、そう捉えています。

こうして消去法で見ていくと、入院していた人を、病院から自宅や次の施設まで、その場で運べる汎用の受け皿は、結局のところ緑ナンバーの介護タクシーに絞られていく。制度のうえでも、不特定の人を病院から有償で運べるのはこの領域です。ところが、それを家族は知らない。だから家族は、目の前にいる頼れる人——病院で退院の段取りをつけてくれる人に「どうすればいいですか」と委ねることになります。その担当は病院によってさまざまで、地域連携室の相談員やソーシャルワーカーのこともあれば、看護師が段取りを進めてくれる病院もあります。

一度選ばれた事業者が、そのまま固定される

ここからは、私が半年見てきて「たぶんこういうことだ」と考えている見立てです。

退院のとき、家族から委ねられた病院の相談員は、付き合いのある介護タクシー事業者の中から一社を選んで手配します。そして——ここが大きいと思うのですが——その一回で選ばれた事業者が、その後も使われ続ける。退院後に通院が必要になれば、また同じところへ。本人も家族も、最初にうまくいった相手をわざわざ変える理由がないからです。

つまり、退院時の最初の一回が、その後の流れまで決めてしまう。一度きりの単発ではなく、継続する依頼の入り口がそこにある。私が「病院ルートは太い」と感じるのは、このためです。最初の接点を取れるかどうかが、その後にぶら下がる継続案件ごと、握れるかどうかを左右している。

だから、病院を握れるかで事業の太さが変わる

この構造が見えてくると、介護タクシーの事業の太さが、何で決まるのかも見えてきます。

病院ルートを握れた事業者は、退院から通院へと続く案件の流れに乗れる。継続的に依頼が入ってくるので、事業が安定します。一方、そこを握れない事業者は、住宅街でケアマネジャーがまれに拾ってくれる希少な案件や、単発の問い合わせを拾っていくことになる。同じ介護タクシーでも、依頼の大半が病院経由で回っている事業者もいれば、そうした継続の流れを持てずにいる事業者もいる——その差は、仕事の質の差というより、この流れを握れているかどうかの差なのだと思います。

努力の量や、運転や介助のていねいさだけで埋まる差ではない。どこに自分を置くか、どの流れに入れるか、という構造の側の話なのです。

自分は、まだそこにいない

ここまで構造を書いてきて、では自分はどうなのか。正直に言えば、私はまだ、この病院ルートの中にいません

理由ははっきりしています。病院が退院搬送で本当に必要とする場面では、しばしばストレッチャーでの搬送——寝たまま運べる、民間救急に近い仕様が求められます。私はまだそこに届いていない。開業して間もないころ、ストレッチャーを希望された依頼で、ご本人の状態を確認したうえで、リクライニングの車椅子でも安全に運べると判断して対応したことが一度ありました。最近も、近隣の医療機関からストレッチャーでの搬送を頼まれ、「うちにはありません」と答えるしかなく、「では他をあたります」と言われて終わった一件があります。仕様が届いていないと、そもそも選択肢に入れてもらえない。だから病院から私に来るのは、他社が出払っていたり、避けたりした案件くらい、というのが実際のところです。

では今、何に支えられているか。自社サイト経由の依頼です。「いつも使っている介護タクシーが埋まっていて、困って探して見つけた」——そういう経緯でたどり着いてくれる人が多い。継続の流れの本流ではなく、その流れからこぼれた人を受け止めている形です。ただ、来てくださった方には満足してもらえることが多く、車をきれいに保ち、言葉に気を配って向き合えば、次もまた、と思ってもらえる。そこは確かな手応えとして残っています。

それでも、本流はやはり病院ルートにある。これははっきりしました。そして私には、救急隊として長く現場に出てきた経験があり、救急救命士の資格もいまも持っています。本来、医療的な配慮が要る搬送こそ、自分の力が活きるはずの領域です。構造が見えて、自分の現在地も分かった以上、次にやることははっきりしています。病院が求める仕様を、こちらから届けにいく。まだそこにいない、という現在地は、裏を返せば、これから向かう先がはっきりしたということでもあります。