開業してからの現実

介護タクシーの営業が空振るのは努力不足ではなかった — 名刺200枚・リーフレット500枚を配って気づいた市場の構造

開業すれば、依頼は来る。私はそう思っていました。地域には介護を必要とする人がたくさんいる。その人たちを安全に運ぶ仕事なのだから、存在を知ってもらいさえすれば、自然と声がかかるはずだ——と。

だから私は、知ってもらうための努力を惜しみませんでした。名刺を刷り、リーフレットを刷り、実際に足を使って配って回りました。なのに、電話が鳴らないのです。来ると思っていた依頼が、思ったようには来ない。最初は「やり方が悪いのだろう」と自分を責めました。けれど配り続けるうちに、これは努力の量の問題ではないのかもしれない、と思うようになりました。この記事は、その「営業の空振り」を、自分のがんばり不足ではなく市場の構造として捉え直すまでの話です。書いているのは、関東で介護タクシーを営む現役の個人事業主です。

配り尽くした記録

まず、自分がどれだけ動いたかを正直に書いておきます。

用意したのは、名刺200枚と、リーフレット500枚。介護タクシーの存在を知ってもらう相手として真っ先に思い浮かぶのは、ケアマネジャーさんです。利用者と介護サービスをつなぐ要の人たちだから、ここに知ってもらえれば依頼につながるはずだ——そう考えて、居宅介護支援事業所や地域包括支援センター、病院や施設を一軒一軒まわりました。

応対そのものは、決して悪くありませんでした。名刺やリーフレットも受け取ってもらえる。話も聞いてもらえる。「何かあったらお願いするかもしれません」と言ってもらえることもありました。手応えがなかったわけではないのです。それでも、そこから実際の依頼につながる確率は、ごくわずかでした。体感で言えば、およそ100件に1件届けばいいほう。配った枚数のわりに、電話はほとんど鳴りませんでした。

空振りの違和感

これだけ配って、これだけ応対も悪くないのに、なぜ依頼にならないのか。

最初に疑ったのは、自分の営業のやり方でした。話し方が下手なのか、リーフレットの中身が悪いのか、まわる順番が違うのか——。改善できそうなところは手を入れてみました。でも、配り方をどう工夫しても、結果は大きくは変わりませんでした。

そのうちに、違和感のほうが大きくなってきました。応対は良いのに依頼にならない。相手はちゃんと話を聞いてくれているのに、そこから先に進まない。これは**「私の伝え方が届いていない」という話ではないのかもしれない**——そう思い始めたのです。だとすれば、問題は私の努力の量や営業の上手下手ではなく、私が立っている場所のほうにあるのではないか。なぜ空振るのか、その理由は自分のがんばり方の中ではなく、自分がいる市場のほうにあるのかもしれない。視点が、少しずつそちらへ移っていきました。

自分の営業エリアの構造

そう思って、自分の営業エリアをあらためて眺めてみました。私が動いていたのは、人口が多く、行政や医療の資源が厚く集まった都市部です。一見すると、人が多いぶん依頼も多そうに思える場所でした。

ところが、よく見ていくと、その「資源の厚さ」こそが、介護タクシーの出番を小さくしているように感じられたのです。

たとえば、移動や通院に困っている人を支える仕組みが、この地域にはいくつも用意されていました。行政が用意している移動支援のサービスがあり、地域の福祉有償運送のような仕組みもあり、急を要するときには救急の搬送体制も整っている。つまり、「移動に困ったとき、まず手が伸びる先」が、すでにいくつもある。受け皿が幾重にも用意されている地域だったのです。

そうなると、私のような後発の介護タクシーが入っていく余地は、思っていたよりずっと小さい。困っている人がいないわけではありません。そうではなくて、困ったときに頼れる先が、もうそこにある。だから、いくら名刺やリーフレットで存在を知らせても、「今まさに、ほかに手がなくて困っている」という場面そのものが多くなかった——そういうことだったのではないか、と私は受け止めています。

地方との非対称

このことに気づいてから、別の話を思い出しました。同じ介護タクシーという仕事でも、もっと地方のエリアでは様子がずいぶん違うらしい、ということです。

人口が少なく、移動の手段そのものが限られている地域では、行政や民間の受け皿も都市部ほど分厚くはありません。そういう場所では、車で送り迎えをしてくれる存在のありがたみが、もっとずっと大きくなる。同じ仕事をしていても、活躍できる余地は地域によってこれほど違うのか——そう考えると、自分の空振りの理由が、すとんと腑に落ちました。

私の営業が実らなかったのは、私の努力が足りなかったからではなく、私がいた市場の構造がそうさせていた。配る枚数を増やせば解決する、という種類の問題ではなかったのです。そう思えたとき、自分を責める気持ちは少し軽くなりました。同時に、では自分はどうすればいいのか、という新しい問いが立ち上がってきました。

配る量では埋まらない空振りがある

半年近く営業をしてみて、私がたどり着いたのは、配る量を増やしても埋まらない種類の空振りがある、という実感でした。

熱心に動くこと自体は、間違いではありません。でも、努力の「量」をいくら積み増しても届かない壁というものがあって、私がぶつかっていたのはそれだったのだと思います。問題は「どれだけやるか」ではなく、「どこで・誰に・何を」やるか——つまり、自分の仕事をどこの市場で、どんな相手に、どういう形で届けるのか、という設計のほうにあったのです。

名刺200枚とリーフレット500枚を配り切って、ようやくその問いの入り口に立ちました。では、配る量ではない部分で、自分にできることは何なのか。その答えを探す話は、また別の機会に書きたいと思います