開業してからの現実
開業まもない朝、誰も知らないはずの電話が鳴った — 救急隊出身の私が一人で患者を運んだ初めての依頼
開業して、まだ数日。名刺もリーフレットもこれからで、営業活動はひとつも始めていない朝のことでした。事業用に引いたばかりの電話が、鳴ったのです。
誰も番号を知らないはずでした。間違い電話だろう——そう思いながら、それでも事業者として、私は受話器を取りました。書いているのは、関東で介護タクシーを営む現役の個人事業主です。
これが、私の「初めての依頼」でした。
電話口の数十秒で、私は一度「救急車を」と言った
電話の主は、ある高齢男性のご家族でした。「父を病院に運んでほしい」という、当日の依頼です。
営業もしていないのに、なぜ依頼が来たのか。あとから分かったことですが、私は開業にあたってGoogleマップに事業所を登録していて、それを見た近隣の方が電話をかけてきてくれたのでした。
まず状態を聞き取りました。手足にほとんど力が入らず、一人では起き上がれない。意識ははっきりしている。ここ最近で急に動けなくなった——。
ここで、私の前職の感覚が働きました。私は介護タクシーを始める前、長く消防の救急隊として現場に出ていました(救急救命士の資格は今も持っています)。その経験から、「手足が動かない・急に発症」という話を聞くと、まず頭に浮かぶのは脳卒中や心臓の異変です。これは運送の判断ではなく、命に関わるかもしれない領域だと感じました。
だから私は、一度こうお伝えしました。「その状態でしたら、まず救急車で病院に行かれることをお勧めします」と。
すると、ご家族から状況が返ってきました。実は前の晩にすでに救急車で病院にかかっていて、頭の検査も受け、異常なしと言われて帰宅した。それが今朝になってさらに動けなくなり、病院に電話したら「救急車以外の方法で来てください」と言われた。それでうちに依頼してきた、というのです。
その話を聞いて、私は「すでに検査を受けて、命に関わる切迫した状態は確認されている」と理解し、依頼をお受けすることにしました。
念のため書いておきます。これはあくまで、私がその場で、自分の経験にもとづいて下した個人的な判断です。介護タクシーが医療的な診断をする仕事ではありませんし、読者の方への医療的な助言でもありません。ただ、救急隊として現場を踏んできた時間が、開業初日の電話口で、お客さまの安全を考えるのにそのまま使われた——その事実を、私は今も覚えています。
現場に着いて分かった、「運び出せない」という壁
ご自宅に着いて、すぐに分かりました。これは簡単な現場ではない、と。
患者であるお父様は、リビングの布団に仰向けで横になっていました。会話はできる。顔色も悪くない。脈もしっかり触れる。けれど、四肢に力が入らず、自分ではまったく動けない。つまり、全身をこちらで運び出すしかない状態です。
理想は、リクライニングできる車椅子を屋内のすぐそばまで入れて、そこへ移すことです。ところが、その家はそれを許してくれませんでした。玄関の前には階段が三段ほど。窓には柵。廊下は狭く、角もある。どうやっても、車椅子を患者のそばまで入れられないのです。
そして何より、私は一人でした。
救急隊の頃なら、こういう現場は三人で、しかも気心の知れたメンバーで運びました。誰がどこを持つか、声をかけずとも分かる。でも今日は違います。手を借りられるのは、付き添いの娘さんただ一人。しかも、華奢な方でした。
山場 — プロだからこそ、怖かった
ここからが、この日いちばんの緊張でした。
道具は、用意してきた市販の布担架。使うのは初めてです。相棒は、力仕事に慣れていない娘さん。この組み合わせで、力の入らない大人一人を、狭い室内から運び出す。
怖かったのは、失敗そのものよりも、失敗したときに起きること全部が自分の責任になることでした。患者を落としてしまったら。家具にぶつけて怪我をさせてしまったら。あるいは、手伝ってくれる娘さんが腰を痛めてしまったら。——どれも、絶対に起こしてはいけない。プロとして呼ばれた以上、ここにいる全員の安全を背負っているのは私です。慣れた三人なら何でもないことが、初めての道具と素人の相棒との二人がかりだと、これほど重い。
まず、患者本人に手順を説明して、安心してもらいました。次にご家族へ、病院に持っていくもの——財布、保険証、お薬手帳と薬、携帯電話——を準備してもらうよう伝えました。そうして人手が要る一瞬に、娘さんに集中してもらえるよう段取りを整えます。
患者をそっと布担架へ横移動で移し、両脇を私と娘さんとで持ち上げました。大人一人分の重みに娘さんは一瞬よろけましたが、ぐっと踏ん張ってくれました。家具にぶつけないよう、角を避け、声をかけ合いながら、慎重に、慎重に屋外へ。外に置いたリクライニング車椅子へ移し、寒い時季でしたから、すぐに車内へ収めました。
——運び出せた。
娘さんが、ほっとした顔で礼を言ってくれました。顔には出しませんでしたが、私自身も、内心かなり安堵していました。三人の救急隊なら当たり前にできることを、初めての布担架と、素人の相棒一人とで、なんとかやり遂げられた。その緊張から解かれた瞬間でした。
病院へ — そして「院内で待つ」という仕事
患者を乗せ、ご家族は自家用車で、私は介護タクシーで、近隣の総合病院へ向かいました。
無事に到着して、受付。ここで、開業前には想像していなかったことがありました。院内での待機が、思いのほか長いのです。患者はまだリクライニング車椅子を使っている最中で、それを引き上げるわけにはいきません。診察が始まってベッドに移れるまで、私はそばで待つことになります。
介護タクシーでは、こうした院内の待機時間も、料金に含めて精算する運用が一般的です。「ただ待っているだけ」に見えても、それは患者をいつでも動かせる態勢で待つ、立派な業務時間なのだと、このとき実感しました。
やがて救急外来のベッドが空き、患者をそこへ移して、私の仕事は終わりました。この日の料金は、1万5千円ほど。開業して数日、営業もしていない私にとって、思いがけない初仕事の対価でした。
「これは、楽勝かもしれない」
ご家族から、何度も感謝の言葉をいただきました。営業もまだしていないのに、Googleマップに登録しておいただけで依頼が舞い込み、しかもいきなりのまとまった金額。車に戻った私の頭には、こんな考えが浮かんでいました。
「介護タクシーで、食べていけるかもしれない。これは——楽勝かもしれない」
1日に2件、こういう仕事があれば。事業も、生活も、十分に成り立つ。開業初日の高揚の中で、私は本気でそう思っていました。
ところが——その後、私はこの考えがどれほど甘かったかを、思い知ることになります。その話は、次の記事で書きます。
注意書き
- 本記事は筆者個人の経験(関東で介護タクシーを営む個人事業主)にもとづく体験記です。文中の状態の聞き取りやその場の判断は、筆者が自身の前職の経験からその場で下した個人的なものであり、介護タクシーが医療的な判断・診断を行うという意味ではありません。また、読者の方への医療的な助言でもありません。体調に不安があるときは、医療機関や救急へご相談ください
- 搬送の可否・方法・料金(待機時間の扱いを含む)は、事業者・地域・個別の状況により異なります