帳簿と記録の義務
介護タクシーの年次報告 — 唯一教えてもらえた義務は、日々の記録がないと書けない書類だった
この連載で書いてきた義務は、どれも「誰も教えてくれなかった」ものでした。点呼も、点検も、教育も、事故の記録も。気づいたのは、いつも自分が調べたあとでした。けれど、一つだけ例外があります。窓口で、はっきりと教えてもらえた義務——年に一度の報告です。
教えてもらえたのだから、これだけは楽に済んだはずでした。ところが、そうはいきませんでした。
書いているのは、関東で介護タクシーを営む現役の個人事業主です。
「教えてもらえた」珍しい義務
許可の交付を受けたとき、窓口で説明がありました。輸送の実績をまとめた報告書と、福祉車両に関する報告書を、毎年、決められた期限までに出してくださいね、と。期限まで、はっきり教えてもらえました。
この連載でずっと書いてきた他の義務とは、入口がまるで違いました。知らないまま過ごしてしまう、ということが、これに関しては起きなかったのです。教えてもらえるというのは、こんなにありがたいことなのかと、正直、拍子抜けするほどでした。
ただ、一つだけ、説明されなかったことがありました。出さなかった場合には、罰則も定められている、ということです。これは、自分で調べていて知りました。窓口で聞いた「出してくださいね」の裏側に、そういう重さがあることまでは、そのときの私は分かっていませんでした。
知らなくてよかった義務も、あった
調べていく中で、私は別の報告書の存在にも行き当たりました。会社でいう、決算のような報告書です。一年の事業の中身をまとめて出す——そういう種類のものがあると知って、一瞬ひやりとしました。これも、私が出さなければいけないのか、と。
けれど、確認してみると、私のように福祉輸送に限った事業者は、これを出す必要がないと、公式にはっきり示されていました。説明されなかったのは、忘れられていたからではなく、そもそも必要がなかったからだったのです。
このとき思いました。教えられていない義務が、存在しない義務とは限らない。逆に、あるように見えて、自分には関係のない義務もある。どちらも、自分で確認して初めて、安心してよいのだと分かる。調べるというのは、義務を見つけるためだけではなく、抱えなくていいものを下ろすためでもあったのです。
書けたのは、日誌があったから
期限が近づき、私は様式に向かいました。そこで求められていたのは、数字でした。どれだけ走ったか。何回、運んだか。何人を、乗せたか。そして、いくらの収入になったか。
どれ一つとして、記憶では書けません。「だいたいこのくらい」で埋めていい欄では、ないのです。
私はこれを、日々つけてきた運行の記録から、一つずつ拾って埋めていきました。埋めながら、ふと思いました。もし、日誌をつけていなかったら、どうなっていただろう、と。窓口の案内どおり、期限の前にきちんと書こうとして、いざ様式を開いて——そこで初めて、書き込むべき数字が、どこにもないことに気づいていたはずです。教えてもらえた義務なのに、日々の記録がなければ、そもそも書けない書類だったのです。
一方で、福祉車両に関する報告書のほうは、記載する事項が少なく、すぐに作ることができました。同じ「年に一度の報告」でも、日々のデータがなければ書けないものと、その場で書けるものがある。そのことも、実際に手を動かして初めて分かりました。仕上げた書類は、郵送で送って、それで済みました。
日々の記録は、監査のためだけではなかった
点呼の記録、点検の記録、運行の記録。これらをつけ始めたとき、私はそれを、監査への備えだと思っていました。いつか来るかもしれない立入りに、備えておくもの。守りのための記録だ、と。
でも、実際にその記録を最初に「使った」相手は、監査ではありませんでした。この、年に一度の報告だったのです。
そのとき、腑に落ちました。日々の記録は、義務から身を守る盾であると同時に、次の義務を果たすための材料でもあった。守りだと思っていたものが、そのまま次の一手の元手になっていた。帳簿というのは、一冊ずつばらばらに存在しているのではなく、どこかで繋がっているのだと、このとき初めて実感しました。
一年分の数字が、映していたもの
提出を終えて、私はあらためて、書き上げた一年分の数字を眺めました。何回走り、何人を運び、いくらになったのか。
義務のために、仕方なくつけてきた記録でした。それが、このときだけは、少し違って見えました。ただの提出用の数字ではなく、自分がこの一年、どう働いてきたのかの輪郭を、静かに映しているように思えたのです。守るためにつけていたものが、気づけば、自分の事業を映す鏡にもなっていました。
次は、この連載の締めくくりとして、ここまで書いてきた記録を、自分が今いくつ揃えられているのか、一度立ち止まって確かめる話を書いていきます。
※この記事は私自身の体験を記したものです。報告書の種類・提出の要否や期限の正確な要件は、管轄の運輸支局や国土交通省の公式情報でご確認ください。