開業してからの現実
介護タクシーの料金、安くしたら逆に伸びなかった — 5分刻みの低価格から値上げに転換した実体験
介護タクシーを始めるとき、私は「とにかく安くすれば選ばれる」と思っていました。後発で、知名度もない。だったら価格で勝負するしかない——そう考えて、5分刻みの低価格で始めました。気軽に、安く使ってもらえれば、件数は自然に増えていくはずだと。
ところが、思ったようには回りませんでした。安くしているのに、依頼は伸びない。むしろ、安いからこそ起きていた問題があったのです。この記事は、その低価格で半年走ってみて気づいたことと、思いきって値上げに転換した実体験の話です。書いているのは、関東で介護タクシーを営む現役の個人事業主です。
安さは、思ったほど武器にならなかった
低価格で始めて、まず気づいたのは「安いと、安い客が来る」という当たり前のことでした。
価格で選んでくれた人は、価格で去っていきます。少しでも安いところがあればそちらへ移るし、料金にシビアな分、時間にもシビアでした。「5分でいくら」という刻みにしていたので、なおさら時間に敏感になる。ほんの数分の前後で気をもむようなやりとりも起きました。落ち着いて介助をして、安心して乗ってもらう——本来いちばん大事にしたかったその部分より先に、分単位の値段の話が前に出てきてしまう。
私は長く救急の現場に出ていた人間です。元救急隊として、人を安全に運ぶこと、急なことが起きても落ち着いて対応することには、それなりの自信がありました。でも、安い価格で入り口を作ってしまうと、その安心感を見てもらう前に、価格で判断されてしまう。「安いから頼む」で来た人に、「丁寧だから、安心だから頼む」へ変わってもらうのは、思っていたよりずっと難しいことでした。
しかも安い価格は、際限のない比較にさらされます。もっと安いところと並べられ、値段だけで天秤にかけられる。これでは、いくら件数をこなしても消耗するばかりだ——半年ほど走って、私はそう感じるようになりました。安さは、自分が思っていたような武器ではなかったのです。
値上げに踏み切った — 最小請負額6,000円・基本料金2,200円
そこで私は、2026年の3月に方針を切り替え、6月から料金を上げました。
具体的には、1件あたりの最小請負額を6,000円に、基本料金を2,200円に設定し直しました。それまでの「5分刻みでとにかく安く」という考え方から、「この仕事をきちんとやるなら、最低でもこれだけはいただく」という考え方へ、土台を入れ替えたのです。
正直、怖さはありました。安くても伸びなかったのに、上げてしまったら、今度こそ依頼が来なくなるのではないか——。値上げを決めるまで、何度も迷いました。それでも、安いまま消耗し続ける道に未来を感じられなかった。だったら一度、適正だと思える価格に置き直してみよう。そう腹をくくりました。
値上げ後に、むしろ感謝が増えた
結果は、私の心配とは逆でした。値上げをして、依頼が減って干上がる——とはならなかったのです。それどころか、「ありがとう」と言ってもらえる場面が、前より増えたように感じました。
これは不思議な感覚でした。安かったときより高くしたのに、感謝される。理由を自分なりに考えてみると、価格そのものが、サービスの質を伝える合図になっていたのではないかと思います。安すぎる値段は、知らず知らずのうちに「安かろう」という印象——雑なのではないか、頼りないのではないか——を相手に与えていたのかもしれません。逆に、きちんとした価格を出すと、「それだけの仕事をしてくれる人なのだ」と受け取ってもらえる。値段が、信頼の入り口になっていたように感じます。
客層も変わったように思います。値段の安さだけで選ぶ人ではなく、安心して任せられることに価値を置いてくれる人から声がかかるようになった。そういう方は、こちらの介助や対応をちゃんと見てくれて、終わったあとに「助かった」と言葉をかけてくれます。価格を上げたことで、付き合う相手のほうが変わっていったのだと思います。
もちろん、これは私ひとりの実感で、誰にでも同じことが起きると断言はできません。ただ、「安くすれば選ばれる」は、少なくとも私の場合は正しくなかった。価格は、ただ高い安いの話ではなく、どんな人に来てもらうかを左右するものなのだ——そう受け止めています。
回された案件は、回し元の価格に合わせる
料金の話で、もうひとつ書いておきたいことがあります。同業者から回してもらった案件では、回してくれた事業者の価格帯に合わせる、という点です。
介護タクシーは1台で同時に対応できる依頼が1件だけなので、手がふさがっている事業者は、重なってあふれた依頼を別の事業者に回す、ということがよくあります。私も、そうやって案件を回してもらってきました。このとき、もし回された案件で私が自分の安い価格を出してしまうと、利用者は「こっちのほうが安い」と気づき、次から私へ直接頼むようになります。これをみんながやり始めたら、待っているのは際限のない値下げ合戦です。価格は崩れ、最後は誰も適正な対価を得られなくなる。
だから、回された案件では回し元の価格を尊重する。これは、事業者が裏で結託して儲けようという「談合」ではありません。抜け駆けして客を奪い合わない、という最低限の誠実さであり、業界全体が安値競争で共倒れせず、安心して任せられるサービスが地域に残り続けるための秩序だと、私は考えています。無秩序な値下げで最後に困るのは、「ちゃんとした事業者がいなくなる」利用者のほうなのです。価格の秩序を守ることは、事業者が生き残ることと、利用者の利益とが、ちょうど重なる話なのだと思います。
自分の料金を適正な水準に置き直したことは、この秩序の中にきちんと立つことでもありました。安さで抜け駆けをしないと決めることは、めぐりめぐって自分の事業を守ることにもつながっていたのです。
料金は「どんな客と続けるか」も決めていた
半年かけて学んだのは、価格とは「いくらもらうか」を決めるだけのものではない、ということでした。価格は、どんな相手と、どんな関係を続けていくかを決めるものでもある。安い値段は安い関係を呼び、適正な値段は、こちらの仕事に価値を置いてくれる相手を連れてきてくれました。
ただ、料金を直せば集客のすべてが解決する、というわけでもありません。価格を整えたあとに残ったのは、「では、その仕事をどこで、誰に届けるのか」という問いでした。実はここにも、私の思い込みを裏切る現実がありました。人が多い場所で営業すれば依頼も多いはずだ、という前提が、なぜかうまくいかなかったのです。
その「営業の空振り」と、地域の読み違いについては、次の記事で書きます。