開業してからの現実

介護タクシーの酸素・吸引はどこから違法か——通知が引いた線と、合法の道

先に結論を書きます。

介護タクシーの乗務員は、事業者の酸素ボンベで酸素を入れたり止めたりすることはできません。 それができるのは、医師、看護師、医師の指示を受けた救急救命士、そして利用者ご本人だけです。乗務員ができるのは、準備と片付けまで。吸引も同じで、乗務員が自分の判断で行うことはできません。もうひとつ、事業者が用意した医療用酸素を、お金を取って利用者に使わせることもできません。

この記事は、その線が一次資料のどこに引かれているかを確かめ、「何ができて、何ができないか」「違反するとどうなるか」「酸素を使ってよい条件は何か」を表にまとめたものです。書いているのは、関東で介護タクシーを営む現役の個人事業主です。

乗務員ができること・できないこと

線引きを示している一次資料は、令和4年に厚生労働省の医政局長が出した通知です。医師法第17条などの解釈について整理したもので、表題に「その2」と付いています。在宅酸素療法と喀痰吸引についての項目があり、乗務員が資格を持たない前提で整理すると、次のようになります。

行為乗務員備考
酸素を流し始める。流れている状態のマスクやカニューレを着ける×医師・看護職員・本人が行う
酸素を止める。流れている状態のマスクやカニューレを外す×同上
流している最中に流量を変える不明通知は○にも×にも挙げていない
着ける前に、あらかじめ医師から指示された流量に設定しておく○
流していない状態で、マスクやカニューレを着ける準備をする○
酸素から離れたあとの片付け○
加湿瓶の蒸留水の交換、機器の拭き取り○
ずれたマスクやカニューレを元の位置に戻す条件付き○下の解説を参照
吸引器の汚水を捨てる、水を補充する、洗浄用の水を補充する○
吸引そのもの×喀痰吸引等制度に乗った場合のみ○(後述)

※通知には、病状が不安定であること等により専門的な管理が必要な場合には医療の行為とされる場合もあり得る、という留保が付いています。○の行は、容態が落ち着いていることを前提にしたものです。

「本人」が入っているところが大事です。ご自分で着け外しができる方がご自分でされる分には問題がありません。問題になるのは、乗務員が代わりにやる形です。

ずれたものを戻すことについては、通知の注記に別の整理があります。酸素が流れているマスクやカニューレがずれて、一時的に酸素から離れた(流入量が減った場合を含む)と見込まれるとき、それを元の位置に戻すことは、原則として規制の対象とする必要がないとされています。ただし対象は、肢体不自由などで自力で戻すことが難しい方、または睡眠中や意識がない状態で自力で戻すことが難しい方に限られます。「ずれたものを戻す」と「流れているものを新たに着ける」は、通知の上では別の行為です。よかれと思って車内で酸素を入れ始める、苦しそうだから止める——そちらのほうが明確に×で、ずれを直すほうが条件付きで○になります。

違反するとどうなるか

酸素の投与も喀痰の吸引も、法律の上では医師や看護師の資格の枠にある医療の行為として扱われます。これが一つめの線です。

二つめの線は、酸素というモノの側にあります。医療用酸素は日本薬局方に収載された医薬品で、お金を取って渡すには医薬品の販売業の許可が要ります。在宅酸素療法の酸素は、医師の指示にもとづいてご本人に供給されているものです。介護タクシー事業者が自分で用意したボンベの酸素は、その指示の外にあるうえ、事業者は販売業の許可も持っていないのが普通です。ですから、自社のボンベの酸素を対価を取って利用者に使わせる形は、医薬品を売る行為として法律に触れうるのです。

してしまった形触れる法律罰則
無資格の乗務員が酸素を入れる・止める、吸引をする保健師助産師看護師法第31条(罰則は第43条第1項)2年以下の拘禁刑または50万円以下の罰金。併科あり
同上医師法第17条(罰則は第31条第1項)3年以下の拘禁刑または100万円以下の罰金。併科あり
事業者が用意したボンベの酸素を、お金を取って利用者に使わせる(医薬品を売る形)医薬品医療機器等法第24条第1項(罰則は第84条第9号)3年以下の拘禁刑または300万円以下の罰金。併科あり

なお通知は、この整理は医師法などの解釈に関するものであって、事故が起きた場合の刑事上・民事上の責任は別途判断される、とも書いています。線の内側にいることは、何かあったときに責任を問われないことを意味しません。

酸素を使ってよい条件

線引きの話ばかりになりましたが、この記事の目的は「やめておけ」ではありません。運べる形は存在します。

道揃える条件現実度
① 看護師が同乗する主治医の指示書と、同乗する看護師。訪問看護ステーションとの連携が形になりやすい本命
② 救急救命士が同乗する救急救命士の免許。搬送ごとに医師の指示を確かめる段取り。医師の指示を受けるための通信設備など、救急救命処置に必要な設備を備えた車両。処置の記録高い
③ 本人の機器を本人が使う在宅酸素療法を受けている方の機器を、ご本人の管理のまま運ぶ。開始と停止はご本人。事業者は運搬と、表の○の範囲の準備・片付けまで現実的な落とし所
④ 喀痰吸引等制度(吸引のみ)喀痰吸引等研修の修了、都道府県の認定、事業所の登録、医師の指示書、看護職員との連携、計画書と報告書吸引に限る

①は、酸素の開始も停止も看護職員が行うことを、通知が正面から認めています。すでにその方に関わっている看護師が搬送の区間だけ同乗すれば、医師の指示が最初から存在している状態を作れます。

②は、救急救命士法第2条が、救急救命士を医師の指示の下に救急救命処置を行う資格と定めています。場所については同法第44条第2項と施行規則第22条が、医師の指示を受けるための通信設備など必要な構造設備を備えた車両であれば消防の救急車に限らない、としています。ただし免許・車両・搬送のたびの段取りが要るので、制度として存在することと、日々の運行で回ることは別です。

③は、料金を「酸素の提供」ではなく、酸素機器を積める車両を用意し、積み下ろしの手間を引き受けるという役務(サービス)に対して設計します。なお、医療用酸素のボンベを積んで走ること自体に、高圧ガス保安法の移動に関する規制(容器の固定など)がかかります。この記事では深入りしませんが、扱うなら別途確認しておきたい領域です。

④は、研修に不特定多数の方を対象とする区分と特定の方だけを対象とする区分があり、利用者が入れ替わる業態では前者でないと回りにくいと思います。運送だけを行う介護タクシー事業所がこの制度の事業所登録を受けられるかは、私は確認できていません。事業所として登録できるかは、都道府県の窓口への確認が必要です。 そして、この制度に乗っている事業者が吸引を提供するのは合法です。料金表に吸引が載っていることをもって、外から違法だと判断することはできません。

料金表の書き方

介護タクシーの料金表に「酸素 〇リットルあたり〇円」と書いている事業者があります。この場合、酸素は事業者が自前で用意したボンベのもので、その酸素を利用者に使ってもらってお金を受け取っています。この行が何の代金なのかを分けて考えると、次のどちらかになります。

  • 酸素を与える行為の代金として受け取っている場合。酸素を入れる・止めるのは医療の行為なので、行うのが医師、看護師、医師の指示を受けた救急救命士でなければ、資格の法律に触れます。上記の資格を持たない乗務員が行う形なら違反です。
  • 酸素というモノの代金として受け取っている場合。医療用酸素は医薬品なので、お金を取って渡すには医薬品の販売業の許可が要ります。許可を持たない事業者がこの形で受け取れば、薬機法に触れます。

つまり、資格を持たない乗務員が自前のボンベで酸素を使わせてお金を取る形は、どちらに読んでも違反になります。合法になるのは、対価の中身が変わるときだけです。たとえば「看護師同乗プラン」なら、受け取っているのは看護師が乗るというサービスの代金で、酸素は医師の指示にもとづく処置の手段であって、商品ではありません。同じ搬送でも、何の代金として受け取っているかで、線のどちら側かが決まります。ご自分の料金表の酸素の行が何の代金なのか、一度見てみてください。

ただし、料金表に酸素や吸引が載っているから違法だ、という話ではありません。 有資格者が同乗する形や、喀痰吸引等制度に乗った形であれば、載せていて何の問題もありません。

誰も知りませんでした

この記事を書いたきっかけは、営業で病院を回っていた時期の会話です。ある病院の医療相談員(ケースワーカー)に、介護タクシーで酸素が必要な方を運ぶときはどうしているのか、と聞いてみました。返ってきたのは、みんな普通に使っているよ、という趣旨の返答でした。

私が、酸素の投与は医師の指示が要る医療の行為で、医師か看護師か、医師の指示を受けた救急救命士でなければ行えないはずです、とお伝えすると、相手は驚いていました。そんな話は初めて聞いた、と。搬送を依頼する病院側の医療相談員が知らないのなら、依頼を受ける側が知っているはずもありません。需要側にも供給側にも、知識が存在していなかったのです。

私は救急隊として現場に出ていました。搬送中は移乗や振動で容態が動く場面があり、酸素をどうするかは判断を伴います。法律がその判断を資格の枠に置いているのは、危ないから禁止しているのではなく、判断できる人の枠に置いているのだと私は理解しています。

酸素を扱えるようになるには

ここまで読んで「自分も酸素を扱えるようになりたい」と思った方のために、私なりに順番を整理しておきます。

  1. どの道で行くかを決める。 上の表の①〜③のどれか(吸引なら④も)。本人の機器を本人が使う③は、いまの体制のまま始められる一番近い道です。①②は同乗する有資格者が要ります。
  2. 同乗してくれる人を探す。 ①なら、利用者さんに関わっている訪問看護ステーションに、搬送の区間だけ同乗できるか相談するところからです。②なら、地域で救急救命士の資格を持つ人とのつながりを作るところから。どちらも、一件の搬送のために動いてもらう相手なので、平時から関係を作っておく必要があります。
  3. 医師の指示が誰から出るかを確かめる。 転院や退院で酸素を使う前提なら、担当の医師がすでに酸素を使う判断をしています。その指示を誰が受け、どう共有するかを、病院側と事前に決めておきます。
  4. 酸素とボンベの扱いを決める。 事業者が用意した酸素をお金を取って使わせる形は取れません。酸素は、ご本人の機器のものか、有資格者が医師の指示のもとで使う処置の手段として位置づけます。ボンベを積むなら、入手先、容器の固定、車内での管理を、高圧ガス保安法などの規制と合わせて確認します。
  5. 料金表を書き直す。 「酸素 〇円」ではなく、「看護師同乗」「酸素機器を積める車両」といったサービスの代金として書きます。
  6. 記録を残す。 ②では処置の記録が必須です。①③でも、誰の指示で、誰が、何をしたかを残しておくと、後から説明できます。

一度に全部そろえる必要はありません。③から始めて、看護師との連携ができたら①へ、という順で広げていくのが現実的だと思います。どの道を選ぶにしても、条件を知ったうえで選んだと言えることが、いちばんの強みになります。

この記事の根拠と確認日

  • 罰則の条文は、保健師助産師看護師法第43条、医師法第31条、医薬品医療機器等法第84条・第24条第1項を、e-Gov法令検索で確認しました(確認日:2026年8月4日)。刑名はいずれも拘禁刑への移行後の表記です。
  • 介護現場での線引きは、厚生労働省医政局長通知「医師法第17条、歯科医師法第17条及び保健師助産師看護師法第31条の解釈について(その2)」(令和4年12月1日)の別紙および注記によります(確認日:2026年8月4日)。
  • 同名の通知には令和7年12月26日付の「その3」がありますが、そちらの別紙は服薬準備等と蓄尿バッグ交換等に関する内容で、酸素および喀痰吸引についての記載はありません。酸素の線引きは令和4年の「その2」が現行です(確認日:2026年8月4日)。
  • 救急救命士の道の記述は、救急救命士法第2条・第44条第2項および救急救命士法施行規則第22条によります(確認日:2026年8月4日)。
  • 2026年9月25日に、結論と表を先に置く構成へ改稿しました。根拠と確認日は変更していません。
  • 制度・解釈は変わりうるものです。実際に運用を組む際は、必ず最新の原文と、所管する都道府県の窓口で確認してください。